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■  ポンと村おこし  第142.5話「いらっしゃいませはじめさん」     ■
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 今日もパン屋さんはのんびりした時間が流れているんです。
 お客さんがいないだけなんですけどね。
 わたしはトングを磨くのに手を動かしながらTVを見てるんです。
 コンちゃんは「ぽやん」としてTVを見上げてるの。
「!」
 そんなコンちゃんの目が、急に「カッ」って感じで見開かれるの。
「何か来るのじゃ!」
「ポン太? ポン吉?」
「うむ……足音の感じでは……別じゃ」
 わたしだって野良でもタヌキだったんです。
 耳をすませてみれば、確かに足音ですね。
『まもなく、しゅうてんゆえ〜』
 あ、レッドの声がします。
 途端にコンちゃんの興味がなくかったのか、また「ぽやん」として、
「なんだ、レッドかの、どうせ千代とかその辺なのじゃ」
「ですよね」
 まだ窓から姿が姿が見えないけど、さっきの声からするとお店の近くにいるみたいです。
「電車ごっこ?」
「そうじゃろう、『終点』と言っておったのじゃ」
「きっとTV見て影響されてるんでしょうね」
「うむ、この辺に電車も汽車もおらんからの」
「!」
 って、今度は電話が鳴るの。
 はいはい、今出ますよ。
 どこから電話でしょ?
「はい、山のパン屋です」
『あ、ポンちゃん、私よ』
「村長さんですね?」
『そうそう、で、ちょっとお願いがあるんだけど……』
「?」
『はじめさん、そっちに行ってないかしら?』
「はじめさん……」
 わたしの隣にコンちゃん来て、聞き耳立てています。
「はじめさんとは何者なのじゃ?」
「老人ホームの新人さんですよ、コンちゃんは知らないの?」
「うむ、知らんのう」
「なんでも逃げ出したみたいですよ」
「何故パン屋に来るのかの?」
「ですよね? なんで村長さんはパン屋に……」
 窓にレッドが見えてきました。
 レッドの後ろにはじめさん。
 なるほど……
 さっき足音がレッドにしては大きかったのはコレだったんですね。
 わたし、電話の向こうの村長さんに、
「います、レッドと一緒にいますよ」
『お店にとめておいて、すぐ取りに行くから』
「取りに……来るんだ」
 あ、電話切れちゃいました。
「あれが……はじめさん……かの?」
「ですね〜」
「なにゆえレッドに付いておるのかの?」
「はじめさん、目が見えないんですよ」
「ほほう、そうなのかの」
 って、ドアのカウベルがカラカラ鳴って、レッドとはじめさんが入って来るの。
「ポンねぇ〜、ただいま〜」
「おかえりなさい、手を洗ってきたらおやつにしますよ」
「はーい」
「ちょっと待って」
「?」
 行こうとするレッドの頭を「ガシッ」。
 しゃがんで目を同じ高さにすると、
「なんではじめさん連れて来ちゃうんですか?」
 レッド、振り向いて、レッドのしっぽをつかんでいるはじめさんを見ます。
「れっしゃごっごゆえ」
「なんで連れて来ちゃうんです?」
「おともだちゆえ」
 わたし、レッドからはじめさんをにらみます。
 はじめさんは目が見えないから、にらんでも「どこ吹く風」。
 わたし、レッドのしっぽをつかんでいる手を取ってゆすります。
「なんでレッドについて来ちゃうんですか〜」
「何、老人ホームで会ったからの」
「勝手に出てきたらダメでしょ」
「あそこの園長は陰険だから好かん」
「お酒を飲もうとするのがいけないんでしょう」
「お酒は人生の友なのじゃ」
 わたし、ついついコンちゃんを見ます。
 コンちゃん眉をひそめて、
『何故わらわを見るのじゃ』
『ポン太からお酒をだまし取ってますよね』
『あれはわらわに供しておるのじゃ』
 はじめさん、レッドのしっぽをゆすって、
「これ、レッド、お酒があると言っておったろう」
「はいはーい」
「これ、レッド、お酒を出すのじゃ」
 レッド、はじめさんの手をつかまえてから、
「ねぇねぇ」
「何じゃ?」
「おさけとはなんですかな?」
「は?」
「あさごはんにでますよ」
「それは鮭じゃ」
「さけとさけですよ?」
「……」
 黙り込むはじめさん。
 今度はわたしの方に向き直って、
「これ、酒を出すのじゃ、酒」
「ここはパン屋ですよ、お酒はないんです」
 って、はじめさん、今度はコンちゃんの方を……
 見えてないはずなのに、パッと向いてコンちゃんを捕まえるの。
 それからコンちゃんのニオイをクンクンして、
「これ、何をするのじゃ!」
「この女から酒のニオイがする」
 わたし、ため息ついてから、
「今、はじめさんが捕まえているのは女キツネですよ、ウソつきなんです」
「なぬっ!」
 でも、驚いたのは一瞬で、
「どうでもいいから酒を出すのじゃ」
 はじめさん、レッドとコンちゃんのしっぽをつかんで言うんです。
 コンちゃんの髪は面白いようにうねってるけど、はじめさんは目が見えないからわからないんですね〜
「だから、ここはパン屋さんなんですよ」
「しかしこの女から!」
 って、はじめさん、今度はコンちゃんの顔やら髪をさわりまくり。
「ほれ、ヒラヒラの服になかなかの器量、これがホステスでなくてどうする」
 褒めてるのか褒めてないのかよくわかりませんね。
 コンちゃんもあきれて、髪のうねりも止まりました。
 カウベルがカラカラ鳴って、村長さん闇黒オーラを背負って登場です。
illustration やまさきこうじ
「はじめさん、何脱走してるんですかっ!」
「うわっ! 園長っ!」
「さっさと帰って夕食して寝るっ!」
「は、放せっ!」
「黙らっしゃいっ!」
 ああ、はじめさん、村長さんに引きずられて行っちゃいました。
「何じゃあれは、飲兵衛かの?」
「らしいですよ」
「ふむ」
「なんでもお酒を止めるために、ここに島流しになったそうです」
「ふむ、リアル爺捨てかの」
「まぁ、目が見えないのにお酒求めて脱走はたいしたもんでしょ」
 レッド、わたしの手をにぎって、
「ねぇねぇ」
「はい、レッド、なんですか?」
「じいちゃ、つれてきちゃだめ?」
「ダメ……」
 って、レッド、ショボンとしちゃいます。
「連れて来ていいですよ、でも、ここにまっすぐですよ〜」
「ほんと! やったぁ!」
 レッド大喜びです。
 コンちゃん不思議そうな顔で、
「めずらしいの、連れて来ていいなど」
「はじめさん、遭難しちゃうかもしれないでしょ」
「なるほど」
「コンちゃんにも協力してもらうよ」
「何故わらわかの?」
「おもしろいオモチャって思いませんか?」
「!」
「同じ飲兵衛で、きっと話も合いますよ」
「ふふふ、酒をちらつかせて、いじめてやるのじゃ」
 ああ、コンちゃんのしっぽ、ブンブン振りまくり。
 でも、はじめさんが遭難するよりは、きっとマシでしょ、ね。
 それになんだか、いい友達になりそうな気がしますよ。



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