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■  ポンと村おこし  第149話「隣の温泉」                ■
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 今は老人ホームなんですよ。
 配達ついでにお昼のレクリエーションのお手伝いをしてるの。
 今、おじいちゃん・おばあちゃん達はおたまを使ってゲームの最中です。
 レッドもまざって、おたまリレーで盛り上がってるの。
 ふふ、おたまに乗せたピンポンを、どんどんリレーしていくんです。
 でもでもなかなかうまくいきませんよ。
 ピンポンが落ちるたびに、笑いが広がるんです。
 わたしがなにをしているかと言うとですね……はじめさんを担当してるの。
 はじめさんは目が見えないから、一緒になってやってあげるんですよ。
「タヌキ娘、声が近付いてきておる!」
「ですね……でもでも、さっきから思うんですよ」
「何じゃ!」
「はじめさん、見えてませんか?」
「ああん?」
 さっきから思ってたんですよ。
 はじめさん、目が見えないわりに、ピンポン落ちるとみんなと一緒になって笑うんです。
 それに、ピンポン近付いてくるの、わかってるし。
「それは音でわかるのじゃ!」
「?」
「ピンポンの音でわかるのじゃ」
「すごいですね、わたしでもわからないのに!」
「ふん、儂は見えないから、音には敏感なのじゃ!」
「そうなんだ、わたし、タヌキなのに、はじめさんに負けてます」
「ほら、ピンポン来たぞ、頼むぞタヌキ娘!」
「はいはい、あと一人で順番ですよ〜」
 わたし、はじめさんと一緒になっておたまを構えるの。
 お隣さんからピンポンをおたまでリレー。
 受け取ったら、あとは手を放してはじめさん任せですよ。
 はじめさん、うまいうまい!
 本当に目が見えてないのか、びっくりです。
 そーっとお隣さんに無事にリレー。
 みんなも見ていたのか、ピンポンが渡った瞬間に拍手喝采です。
 はじめさん、照れてます、頭なんか掻いて、かわいいもんですよ。
 レクリエーション終わりそうなので、わたしはお茶の準備で給湯室へ。
「ポンちゃんありがとうね〜」
「あ、村長さん、こんなお手伝いなら軽いかるい!」
「はじめさん、目が見えないでしょう」
「ですね、でも、たまに、本当に見えてないのかな〜って思う事あります」
「そうねぇ、私もそう思う事、あるわ」
 村長さんが湯のみを並べていくのに、わたしはどんどんお茶を注いでいくの。
 レクリエーションの後だから、冷たい麦茶ですよ。
 さっきまでワイワイ騒がしかったのが、みんな静かにお茶を待っています。
 村長さんや職員さんと一緒になって、わたし、お茶を配りまくりなの。
 おじいちゃん・おばあちゃん達、湯のみをゆっくり傾けながら、お茶をおいしそうに飲
んでいますよ。
「あの、村長さん」
「何、ポンちゃん?」
「なんて言うんですかね、レクリエーション終わったら、なんだか急に静かになっちゃい
ますね」
「おたまリレーでも、おじいちゃん達には結構神経使ってるから、疲れてるのよ」
「むう、そんなもんですか」
 わたし、おじいちゃん達を見て、それから窓の外に目をやります。
 学校も授業中で、村は静かな時間が流れているの。
「あの、村長さん」
「何、ポンちゃん?」
「なんていうか、村は静かですね」
「田舎だしね」
 わたし、村長さんと一緒におじいちゃん・おばあちゃん達を見守りながら、
「村長さん、村長さん!」
「何、ポンちゃん?」
「村はこれでいいんでしょうか?」
「は?」
「村は、これで、いいのかなって……」
「な、なにをいきなり」
「だってですね、わたしがパン屋さんにお嫁さんに来た時はですね」
「お嫁……」
「い、いいじゃないですか! わたしと店長さんは結婚する運命なんです!」
「店長さんに言っておくわね」
「や、やめてくださいっ! ダンボールでおやすみになってしまうから!」
「ふふ……」
「ともかく! あの時は村がダムに沈む運命だったですよね」
「そうねぇ」
「でも、ダムはなくなっちゃいました」
「そうそう、ポンちゃん現場監督さんの所にキャンプしに行ったのよね」
「そうなんですよ」
 ダムの跡地でテント張って、お泊りしてきたんです。
 星空はきれい……かもしれないけど、わたしにとって星空は「ダンボールの刑」でおな
じみなの。
「ダムもなくなって、村はなくならないでよくなったけど……」
「けど?」
「村は前と全然変わってないような気がするんですよ」
「そうかしら?」
 村長さん、ちょっと考えるふうに視線が泳いでから、
「神社のヌシとかいるから、観光客も来るようになったわよ」
「それはそうかもしれないけど……」
「ポンちゃんのお泊りしたダムの所も、観光バスが寄ってくれたりしてるのよ」
「あんなになんにも無い所にですか?」
「噴火の跡で見学に来てるのよ、見るだけだけど」
 村長さんニコニコしながら、
「ポンちゃんが村の事を心配してくれるのは嬉しいけど、多分結構村おこしなってるわよ」
「そうですか?」
「ぽんた王国だって……お豆腐屋さんの頃から人は結構来るし」
「はぁ」
「パン屋さんも、観光バスが寄るでしょ」
「まぁ」
「長老のおそば屋さんも、ラーメン屋さんも出来たし」
「えぇ」
「やっぱり、ぽんた王国のニンジャ屋敷がいい感じなのよ」
「でもですねぇ」
「何? ポンちゃん」
「もっと村おこしをした方がいいと思うんですよ」
 そうです、もっと村おこしした方がいいんです。
 わたしだってテレビくらい見るの。
「過疎」って言葉があるんです。
「村長さん、過疎、過疎化ですよ、ピンチです」
「過疎……」
「もっと村おこし、しないとダメな気がするんです」
 村長さん、また視線が泳いでから、
「充分やってると思うんだけど」
「そうですか? 村は静かなんですよ」
「田舎だから、そんなものよ」
「これじゃ、きっとダメです!」
「……」
「溶岩も見てきたんですよ」
「……」
「村長さんだって、なにかした方がいいと思っているんですよね?」
 わたしが言うのに、村長さんゆっくり頷きます。
「でもね、配達人さんに言われたのよ、余計な事はしない方がいいって」
「……」
「だから、何もしないでいいかな〜って」
「村長さんもあの目のない男にそそのかされたんですか!」
「目のない男ってひどい言い方ね」
 って、何かが急にやってきました。
 わたしのしっぽを捕まえます。
 はじめさんですよ。
「これ、タヌキ娘、今、儂の悪口を言ったであろう!」
「なっ! はじめさんっ! なにっ!」
「目のない男と言ったではないかっ!」
「はじめさん本当に見えないんですかっ! 今ダッシュでしたよねっ!」
「タヌキ娘が悪口を言えば、儂はどこでも行くのじゃ!」
「違いますよ! はじめさんじゃなくて別の人なんですよっ!」
「目のない男と言ったではないかっ!」
「はじめさんは男かもしれないけど、おじいちゃんですよ」
「む!」
「はじめさんは『目の見えないおじいちゃん』です」
「むう」
 はじめさん、納得したのか席に戻っていきます。
 目が見えないとは思えない動きなの。
 って、村長さん笑ってます。
「ふふ……配達人さんを『目のない男』はひどくない?」
「だって目、ないもん」
「今頃くしゃみしまくってるわよ」
 わたし、目を細めて配達人の真似をするの。
「だって目なしじゃないですか」
「ぷぷ……似てるわよ」
「誰だって目をつむったら似てますよ」
「それもそうね」
 村長さん、また微笑むと、
「配達人さんは夜空が、星空が綺麗って言ったら……」
 村長さん、耐えられないといった感じで肩が揺れるの。
「ポンちゃんダンボールでお休みってどうなの」
「わ、わたしにとって夜空は嫌な思い出だけなんですっっ!」
「花火したんでしょう?」
「でも、わたしにとっては『ダンボールな夜』なんですー!」
 って、村長さん笑いすぎです。
 うずくまって床を叩きながら笑うのを堪えるのは、もう堪えてるじゃないですよ。

 お風呂タイムです。
「と、そんな事があったんですよ」
「ふふん、老人ホームでレクの時かの」
「そうなんですよ、そんな話になったんです」
「村おこし……別にいいのではないかのう」
「えー! いいんでしょうか!」
「いいのじゃ!」
「簡単に言っちゃうんですね」
「いいかの、『ポンと村おこし』と言うから村おこしにこだわっておるのかもしれんが…
…」
「……」
「イカもカエルも侵略などせんのじゃ!」
「!」
「だからポンも何もせんでよいのじゃ!」
「……」
 わたし、じつはさっきからレッドの体を洗っているんです。
 ゴシゴシしている手が止まっちゃうの。
「いやいや、ダメでしょ!」
 わたし、思い出して手を動かすんです。
「ポン姉〜、いたいゆえ〜」
「痛いくらいがいいんですよ、しっかり洗うんですよ」
「やさしくしてほしいゆえ〜」
「男の子でしょ〜」
「やさしくしてゆえ〜」
「ともかく、なにかやった方がいいんですよ、きっと」
「ポン、どうしたのじゃ」
「テントでお泊りした時、まわりは真っ暗でした」
「田舎じゃしのう」
「今日、老人ホームで」
「レクリエーションだったのであろう」
「ですよ、で、終わったら、急に静かになったんですよ」
「田舎じゃしのう」
「よくよく考えたら学校でもどこでも、騒がしい時なんて『ちょっと』です」
 わたし、レッドを泡まみれにしてたら、
「うわーん」
「あ、レッド、どうしました」
「おめめ、いたいゆえ」
「あ、ごめん、泡入った?」
 わたし、レッドの顔についた泡を取って、顔を洗うように促すの。
 頭からザブンとしたら泣きますが、顔を洗うのはへっちゃらなんですね。
「まだいたいゆえ」
 目、真っ赤ですね、泡入っちゃったんでしょう。
「ちょっと我慢したら治りますよ」
「ポン姉のせいゆえ、やさしくしないゆえ」
「はいはい、あとはコンちゃんに優しくしてもらってください」
 わたし、レッドを湯船に入れるの。
 コンちゃんそんなレッドを抱きかかえながら、
「これ、レッド」
「なになにー!」
「レッドは何か、村をにぎやかにする方法、思いつかんかの?」
「レッドに聞くんですか〜」
「バカ者、こういうのは、子供の方が思いもよらぬアイデアを出すものなのじゃ」
「なるほど!」
 わたしとコンちゃんかレッドに顔を寄せると……
 レッド、しばらく難しい顔をしていましたが……
「さぁ」
「とほほ」
「いまのままでいいゆえ」
「レッドは本当、お子さまですね」
「えへへ、おこさまゆえ〜」
 レッド、体をゆすりながら、
「ここがすきゆえ」
「そうですか〜」
「ポン姉すきゆえ」
「じゃ、結婚しますか」
「えー!」
 この仔キツネはわたしが好きとかいいながらなんですか、この態度!
 ま、いいですけどね。

「お風呂で盛り上がってたわね」
 ミコちゃん、風呂上りの牛乳を持ってきてくれるの。
 わたし、腰に手をそえて「グッ」とやるんです。
 コンちゃんとレッドも一緒ですよ。
illustration やまさきこうじ
「村長さんもレッドも、コンちゃんもなにもしなくていいなんて言うんですよ」
「わたしも……何もしなくていいんじゃないかと思うけど」
「えー!」
「花屋さんも来たし、ラーメン屋さんも出来たし、おそば屋さんもあるし、駄菓子屋さん
もあるでしょ」
「神社やぽんた王国もありますよ」
「もう充分じゃないかしら」
「え〜」
「キャンプにも行ったんでしょ」
「花火しましたよ」
 レッドがわたしの腕をゆすって、
「おんせんのかみさま〜!」
「……」
 あのめんどうくさい神さまは、正直どうでもいいんですよ。
 って、ミコちゃんコクコク頷きながら、
「温泉もそんなにメジャーじゃないけど、最近神社の帰りに寄る人多いのよ」
「えー、そうなんですかー、面倒くさいだけですよー」
 レッド、まだわたしの腕をゆすってます。
 えい、頭を撫でなで……くしゃくしゃにしちゃえ。
「大体、あんなの出てきたら誰も来なくなるんじゃないです?」
「神さま、レッドちゃんが行った時にだけ出るみたいよ」
「ああ、子供スキーですからね」
 わたし、なんとなーくテレビを見ていたら、旅番組をやってるの。
 するとレッドも、コンちゃんも、ミコちゃんも視線移ります。
「ほらほら、よその温泉がすごいんですよ!」
「泡の出るお風呂は気持ちよさそうね」
「でしょ、ミコちゃんもそう思いますよね!」
「そうねぇ」
 わたし達、みんな揃ってテレビの前に集合です。
 コンちゃん、牛乳をチビチビやりながら、
「おお、この白いお湯はすごそうじゃの」
「コンちゃんもわかってきたようですね!」
「うむうむ」
 レッドが腕をゆすってくるの。
「どうしたんですか、レッド!」
「ねぇねぇ、あれは! あれは!」
 テレビはちょうど、打たせ湯をやってるところです。
 なんとサルがあびてるんですよ。
 露天で打たせ湯なの。
「おさるさんたのしげ」
「ですね、これは打たせ湯ですね」
「うーたーせーゆー」
「レッドも温泉、もっといろいろやってみたいでしょ!」
「これならへっちゃらかも!」
 レッドはシャワーで頭から「ザバー」ってやっちゃうと泣いちゃうけど、これならへっ
ちゃらかもしれません。
 サルも大丈夫だから、レッドもきっと大丈夫ですよ。
「温泉を改造するのは、いいんじゃないでしょうか!」
 わたしが言うのに、コンちゃん、レッドは頷くの。
 ミコちゃんも頷きはしたものの……すぐに考える顔になって、
「温泉を改造ね……」
 ミコちゃんシリアス顔。
「どうしました、真剣な顔で」
「いや、あの温泉を改造ってね」
「泡のお風呂とか入りたくないですか?」
「それは、入りたいんだけどね」

 そんなわけで、村長さんに直談判です。
 って、レッドを連れて学校に来たついでなんですけどね。
「村長さん村長さんっ!」
「あら、ポンちゃん、おはよう」
「そんちょーさん、おはようゆえ!」
「はい、レッドもおはよう」
 挨拶も済んだところで本題に突入です。
「村長さん! 昨日テレビで見てたんですよ」
「?」
「旅番組で温泉特集をやってたんですよ」
 わたし、レッドをつつくの。
 最初はキョトンとしていましたが、
「おさるがおんせんしてたゆえ!」
 い、いや、そこじゃなくて〜
 わたし、肘でレッドをつつくと、
「ポン姉、あれは、えっと、なにゆえ?」
「なにゆえじゃないでしょ! 打たせ湯ですよ!」
「おお、うたせゆ、たのしげ!」
 村長さん、なんだか急に険しい表情になるの。
 わたし、なにか悪い事言ったでしょうか?
「ポンちゃんは……温泉を改造したいわけね」
「はい! ダメですか?」
「でもって、温泉を売りにして村おこしって事よね?」
「ですね! ダメでしょうか?」
 わたし、レッドをつつきます。
「うたせゆとか!」
 村長さん腕組みして、
「温泉を売りにしたいのよね?」
「そうですよ、特徴のある温泉にしてお客さんを呼ぶんですよ!」
「特徴……」
「あんなお湯が溜まってるだけじゃダメなんです、広いのはいいけど」
 それ、レッドをつつきます。
「うたせゆ、たのしげ」
「……」
 村長さん、なんで難しい顔になっちゃうんでしょう?
「特徴のある、楽しい温泉じゃないとダメだと思うんです!」
 村長さん、深いため息一つついてから、
「神さまいる……『出る』温泉なんてないんだけど」
「は?」
「神さまの出る温泉なんて、よそにはないって言ってるの」
「え?」
「だから、温泉は今のままでいいのよ」
 そ、そうですか?
 あんなめんどうくさい神さま、出ないほうがいいのに!


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