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■  ポンと村おこし    第158話「歩け歩け」              ■
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 今日は老人ホームのお手伝いです。
 っていっても、わたしに出来る事なんて知れています。
 お茶を配って回ったり、おしゃべりしたり、レクリエーションを一緒したりするくらい。
 でもでもそれでもいいって職員さんは言ってくれます。
 老人ホーム、職員さんが少ないそうです。
 わたし、村長さんに聞きます。
「あの、ちょっといいですか?」
「何? ポンちゃん?」
「ここの老人ホームは、人手不足なのでは?」
「そうねぇ、そうなんだけど」
「求人しないんですか?」
「ポンちゃんやコンちゃんがいるから、いいかしら」
「わたし達、タダ働き?」
「いいじゃない、困った時はお互いさまって事で」
「むう〜」
 まぁ、別にイイと言えばいいです。
 おじいちゃんやおばあちゃんとお話したり、お茶したりするの、案外好き。
「まぁ、この老人ホームは寝たきりの人とかいないから……」
 村長さん言いながら、どこか一点を見つめています。
「どうしたんですか?」
「寝たきりの人はいないんだけど……」
「??」
 わたし、村長さんの視線の先を探してみます。
 はじめさん……が……いますね。
 いつもの白い杖を手に歩いています。
「はじめさんみたいなのは、困るわね」
「そうなんですか?」
「目が見えないのに、勝手にあちこち行くでしょう」
「パン屋さんにも来ますよ」
「そうよ、まったく困ったものね」
 ふむ、そうです。
 はじめさんは目が見えないのに、パン屋さんまでやって来る事があるの。
 そう、目が見えないのに、老人ホームからパン屋さん、遠いと思うんですよ。
「はじめさんだけは、心配なのよねぇ」
「どうして受け入れちゃったんですか?」
「いや、まさか、あそこまで酒好きとはね」
「は、はぁ」
「あちこち行っちゃうのもなんだけど、酒好きなのも困ったものよね」
「でもでも、老人ホームでお酒、出してるとこ見た事ないんですけど」
「そうね、老人ホームにお酒はないわね、出してないわ」
「どうして困るんです?」
 って、聞いたら村長さん、わたしをつかまえて柱の影に隠れるの。
 はじめさんを避けて……なのはわかるんですが、はじめさん目が見えませんよ。
 隠れる必要、ないって思うんですけど。
『ポン太のお酒、知ってるでしょ』
『はぁ』
『ポン太が手伝いに来ると、ニオイをかぎつけるのよ』
『え? はじめさん、わかるんです?』
『そうなのよ』
 はて、ポン太のニオイ……ニオイ……
 ポン太をクンクンする事はないですが……
『お酒のニオイ、しないと思うんですけど』
『ポンちゃん、ニオイ……と、いうか、オーラとでも?』
『わかりませんよ』
 本当にわかりません。
 村長さんオーラとかいうけど、わたしにとってポン太は子供です、小学生。
 そりゃ、お豆腐作ったり、お酒造ったり、まじめだったりします。
 でもでも、やっぱり小学生です。
 お酒のニオイなんかより、お豆腐やら味噌のニオイがすると思う。
 わたしがわからないって感じの顔をしていると、村長さんも考えてから、
『コンちゃんは……ナマケモノのニオイ』
「あ、なんだかわかりました」
「今頃コンちゃんくしゃみしまくりよ」
「本当の事なんです、そのナマケモノのニオイ、わかります、その通りです」
「ともかく、ポン太が手伝いに来てくれてるのに、邪魔なのよ、はじめさん」
「ふふ、ポン太に『酒出せ』ってからむんでしょ」
「その通りよ」
「村長さん、まさかはじめさんがあんなキャラなんて思ってなかったんですよね」
「その通りよ……受け入れちゃったからどうしようもないし」
「えらい、言いようですね」
「だっていつも酒・さけ・サケよ、まったくモウ」
「村長さんだってお酒、飲みますよね」
「私はいいのよ」
「うーわー!」
 って、わたし、はじめさんを見てたんですが……
「あのあの、村長さん」
「何、どうしたの?」
「はじめさん、本当に目が見えないんでしょうか?」
「え?」
「ほらほら」
「?」
 わたしがはじめさんの方を指差すのに、村長さん目をやります。
 はじめさんは普通に歩いている……「普通」に、目が見える人みたいに歩いているの。
「ほらほら、いつもはフリフリしている杖、使ってません」
 そうなんです、はじめさん、杖を手にしていますが、振ったりしていないの。
 パン屋さんに来る時なんかはいつも持っている白い杖を振りながら、周囲を探りながら
来るのに、今はぜんぜん振らないんですよ。
 村長さん、小さく頷きながら、
「あ、ほら、床を見て」
「床?」
 すぐにわかりました。
 はじめさんは床のデコボコのある所を歩いているんです。
「あのデコボコで歩いているんですね」
「そうよ、はじめさんが来るから、設置したのよ」
 わたし、近くにある「デコボコ」の上に立ってみます。
「ああ、これで、この上を歩くんですね」
「そうよ、わかる」
「わたしでもわかります」
「はじめさんは、園内だと点字ブロックの上で杖を使わなくても歩けるのよ」
「へぇ、便利ですね」
 って、はじめさん、階段の所まで来ました。
「あ、村長さん、あそこ、デコボコが切れているんですけど」
 わたしが聞くと、村長さん悪魔な顔で、
「わざとあそこだけ、点字ブロック設置してないのよ」
「??」
「はじめさんを行かせたくなかったのよ」
 って、はじめさん、一度立ち止ってスタスタと歩き始めます。
「あ、行っちゃいましたよ」
「そうなのよね、はじめさん覚えちゃって……結局意味無し」
「なんであそこかでデコボコなくしちゃったんです?」
「言ったじゃない、あそこから先、行かせたくなかったのよ」
 なんででしょ?
 見ればエレベーターありますね。
「あそこから脱走するのよ」
「あー! それで!」
「搬入口にもなってるのよ」
「絶対脱走しますね」
「そうなのよ」
 って、エレベーターの前まで行って、ボタンを押すけど動きません。
「あれれ、エレベーター、動きませんよ」
『ふふふ、そうなのよ』
 村長さん、小声になっちゃいました。
『どうしたんです?』
『聞かれたら困るでしょ、ボタン上にあるのよ』
『あ、ホントだ』
 エレベーターのボタン、普通にあるんですが、妙に高いところにもあります。
『鍵を使ったら下でも動くようにしてあるのよ』
『脱走対策ですね』
『ふふ、そうよ、でもね』
『?』
『この老人ホームで脱走する人なんていないのよ、最初は確かに家に帰りたがるけどね』
『??』
『この老人ホーム、居心地いいみたいね』
『ふふ、村長さん、嬉しいですか?』
『まぁ、ね、でもでも、それはポンちゃん・ミコちゃん・コンちゃんのおかげよ』
『わたし達、なにもやってないですよ?』
『タヌキやキツネが働く老人ホームなんてマンガかアニメくらいよ』
 って、動かないはずのエレベーターが動いています。
 緊張するわたしと村長さん。
 エレベーターが1階から2階へ。
 ドアが開くと、台車を押した配達人が登場です、配達ですね。
 はじめさんが脱走すべく、エレベーターに乗ろうとすると、わたしの隣にいたはずの村
長さんの姿がないです。
 見ればもう、はじめさんを捕まえています。
 ドタバタする村長さんとはじめさんを、配達人がニコニコ顔で見ながら、台車を押して
エレベーターを降りました。
 って、配達人と一緒にレッドもいたみたいです。
 もめている村長とはじめさんをじっと見てるの。
 わたしも行くとしましょう。
「子供が見てますよ、はずかしいですよ」
 わたしが言うと、レッドがニコニコ顔で、
「こんにちわゆえ!」
 村長さんが、
「ほら、はじめさん、恥ずかしいでしょ」
 言われてもはじめさん、もがいています。
「放せ、酒がわしを呼んでおる」
 呼んでませんよ、まったくモウ。
 わたしも村長さんと一緒になってはじめさんをつかまえます。
 エレベーターのドアが閉まっちゃいました。
「うお! 酒への扉が!」
 エレベーターのドアですよ。
 ドアが閉まってしまえば、もうボタンを押してもウンともスンとも言いませんね。
 レッドが首を傾げて、
「えれべーたー、こわれたゆえ?」
 村長さん、ニコニコして、
「わるい子には、言うこと聞いてくれません」
「はわわー」
「誰が悪い子じゃ、誰が!」
 はじめさんブツブツ言います、わたし、そんなはじめさんの肩をトントンしながら、
「はじめさんに決まってるでしょ」
「くっ! タヌキ娘め、勝手言いおって!」
 くやしそうな顔のはじめさん。
 わたしの後ろに回りこむなり、しっぽをモフモフ。
「このいじわるタヌキめ、お前か、エレベーター動かなくしておるのは!」
「しっぽモフモフしないでください、この脱走じじい!」
「酒がわしを呼んでおるのじゃ」
「あ・き・ら・め・ろ」
 そーれ、つかまえて席まで強制連行です。
 ふふ、わたしのしっぽ、捕まえている間は逃げられませんよ。
 この飲んだくれじじいは……っても、本当に飲んでいるところ見た事ないけど……逃亡
じじいはお説教ですええ。

 さて、はじめさんとレッドで、「箱」を折り紙してもらうんです。
「箱」は老人ホームのテーブルで使うの。
 ちょっとしたゴミなんかを入れるのに使うんですよ。
 使い捨てしちゃうから、じゃんじゃん折ってもらいます。
 レッドにはまだ難しいのか、なかなか作れませんね。
 はじめさんは目が見えない……割にはサクサク作るの。
「ねぇ、はじめさん、わたし思うんだけど」
「なんじゃ、タヌキ娘」
「本当に目、見えないんです?」
「本当じゃ」
「どうやって折り紙してるんです?」
「手が覚えておるのじゃ」
「むう、見えてるみたい」
「見えてないのじゃ」
 黙々と折り続けるはじめさん。
 わたし、やっぱり信じられません。
 目、見えてるでしょ?
 席を立って、はじめさんの白い杖を奪っちゃいます。
「何をする!」
「はじめさん、目、見えてますよね、ね」
「杖を返せ!」
「見えてますよね、これは得物ですよね」
「このタヌキ娘、ついにパワハラか!」
「わたしはタヌキだから、パワハラとか通用しません」
「くっ! 言いおって!」
 はじめさん、拳を固めてプルプルしています。
 ふふ、怒ってますよ、どうするかな?
 って、わたしの背中をトントンするのは……村長さんです。
『ちょっとポンちゃん、白杖取っちゃだめじゃない』
『はじめさん、絶対目、見えてます』
『いや、本当に見えてなわよ』
『えー、信じられません』
『まったくモウ』
 怒っているはじめさん、真っ赤になって、
「こんな所、出て行ってやる!」
 村長さんを見るとニコニコしてます。
『村長さん、いいんですか?』
『目、見えないんだから、逃げられないわよ』
『えー、わたし、見えてると思うんだけど』
『なら、見てるといいわよ』
 はじめさんは怒っていますが、なかなか動き出しません。
 村長さん笑顔えがおで、
『ほら、白杖ないと動けないのよ』
『むう、お芝居じゃないんです?』
「うがーっ!」
 あ、はじめさん、叫んで立ち上がりました!
 スタスタと歩き出します。
 やっぱり目、見えてるんですよ、ええ。
『ほらほら、村長さん、はじめさん逃げますよ』
『園内だから、覚えているだけよ』
『えー、そうなんですかー』
 はじめさんが歩き出すのに、レッドが後ろに続きます。
 そしてわたしと村長さんも着いて行くの。
 ふむふむ、確かにデコボコの上を歩いていきます。
 あれがある所は、すいすい歩いていけるんですね。
『あのあの、村長さん』
『なに、ポンちゃん?』
『階段の所まで行ったら、踏み外して死ぬとか?』
『ぶ、物騒な事言うわね、大丈夫よ』
『?』
 わたしと村長さんで先回り。
 階段の所で村長さんが、
『ほら、点字ブロック、違うでしょ』
『!』
『だから階段ってわかるし、ほらほら、手すりあるでしょ』
『手すり、ああ!』
『ここ、触ってみて』
『うん?』
 村長さんに言われて触ってみます。
 ってか文字もあるからわかるんです。
『点字で階段あるの、わかるのよ』
『ふむふむ、なるほど〜』
 でもでも、なんだかくやしいですね。
 こう、いつもしっぽをモフモフするはじめさんに、一矢報いたい気持ちでいっぱいなの。 
 なにかいい手はないかな?
「!!」
 わたしの頭上に裸電球、点灯です!
「ふふふふふふ」
 笑いが止まりません。
 バケツをデコボコの上に置いちゃうんだから。
 本当は水とか入れたいところですが……武士の情けです、空にしておいてあげましょう。
 ほーら、はじめさん、ひっかかってください!
『ポンちゃん、感じ悪いわよ』
『村長さん、わたし、いつもしっぽモフモフされてるんです』
『しっぽくらい、いいじゃない』
『村長さんがそんなだから、レッドもしっぽをモフモフするんです、人の嫌がる事をやっ
たらいけないんですよ』
『ポンちゃんタヌキよね』
『いまは人なんですー!』
 ふふ、はじめさん、もうすぐバケツにぶつかります。
 それ、あと五歩・四・三・二……
 って、レッドが、
「じいちゃ、バケツあるゆえ」
「!」
 レッドの言葉にはじめさんの足、ゆっくり動くの。
 つま先が、軽くバケツに当たって、はじめさんの動き、止まっちゃうんです。
illustration やまさきこうじ
 鬼の形相でこっちを見ます。目、見えてないはずなのに!
「このタヌキ娘ーっ!」
 ダッシュです、本当に目、見えてないんですか?
 すぐさまわたしのしっぽを捕まえて、
「このいたずらタヌキがーっ!」
「痛いっ! しっぽ引っ張らないでくださいっ!」
「たわけがーっ!」
「痛いっ! しっぽギュッとしないでくださいっ!」
「成敗ーっ!」
「うわーん!」
 もう、反撃しちゃうんだから。
 はじめさんの頭をポカポカ叩いちゃうの。
 でもでもはじめさんもやめませんよ。
 くう、本当に目、見えないんでしょうか?
 さっきのダッシュを見ていると、とても信じられないんだから!


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