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■  ポンと村おこし    第171話「ひよ子じゃないよ」          ■
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 学校に配達に行くとですね……
 保健室の引き戸が半分くらい開いていて、中がちょっと見えたんですよ。
 保健室には保健の先生……と、いいたいところですが、保健の先生は学校の保健室より
も、老人ホームの医務室にいる方が多いんです。
 学校の保健室……怪我をする生徒はあんまりいないんですよ。
 それに比べて老人ホームは見守りをしないといけないからですね。
 だから学校の保健室に保健の先生がいるの、ちょっとめずらしいかも。
「どうしたんです、めずらしいですね」
「あら、ポンちゃん、いらっしゃい」
「老人ホームはいいんですか?」
「今はちょっと暇な時間だから、こっちでちょっとね」
「?」
 保健の先生、ベットの下から何かを取り出しました。
 なんと、タマゴがずらっと並んだ箱です。
 よく見ればタマゴパックを並べて作った箱ですね。
「タマゴ?」
「そうよ、タマゴ、ひよそを作るのよ」
「ひよそ? ヒヨソ?」
「そう、ヒヨソ」
「にわとりのたまごから生まれるのは『ひよこ』ですよね」
「だから、これは『ひよこ』じゃなくて『ひよそ』『ヒヨソ』なんだから」
「その「ひよそ」ってなんです?」
「ひよそはヒヨソよ」
「??」
 タマゴは5個5列の25個。
 タマゴにはシールが貼ってあるのもあるの。
 保健の先生、タマゴに目をやりながら、
「ポンちゃんはひよこは知ってるのよね」
「ひよこってお菓子のひよ子ですか?」
「ニワトリの子供の方よ」
「知ってますよ、黄色くて丸々してて、ちょこまか動きます」
 って、保健の先生、嫌そうな顔をして、
「まさかポンちゃん、ひよこ食べたりしてたとか、タヌキの頃」
「わたしは野良だから、いつも千代ちゃんの家でゴハンもらってました」
「野良だったと」
「千代ちゃんの家にはニワトリがいて、ひよこもいましたね」
 保健の先生、わたしがひよこを食べてなかったのを聞いて安心した顔になると、
「縁日でひよこ釣りってあるのよ」
「はぁ、縁日、お祭りの時の露店ですよね」
「そうよ、金魚すくいとか知ってる?」
「テレビで見た事あります」
「金魚すくいは、まだ見かけるけど、ひよこ釣りはほとんど見ないのよ」
 とは言われても、わたし、ひよこ釣りを知りません。
 でもでも、なんとなくわかりますね。
「ひよこ」で「釣り」だから、えさで釣るかひっかけるか、そんなところでしょう。
 保健の先生が言うのに、わたしの返事は簡単です。
「ひよこなんて面倒くさいだけですよ、ピヨピヨ鳴いて、ちょこまか動いて」
「ポンちゃんは『かわいい』とか思わないの?」
「だってひよこ、わたしのゴハンを横から食べちゃうんですよ、キライです」
「そんなタヌキの頃の話をされても」
 保健の先生、タマゴを見ながら、
「ともかくこのタマゴは『ひよそ』で『ひよこ』じゃなのよ」
「タマゴだからわかりませんよ」
「ともかく、もうすぐ憲史(配達人)が来るから、『ひよそ』見に行くわよ」
「ひよこですよね」
「まぁ、パッと見はね」
 って、保健の先生が言った通り配達人登場です。
「長崎先生来ました〜、って、ポンちゃんもいるや」
「配達人さんは、このタマゴの正体知ってるんですよね」
「うん、ひよそだよね、ヒヨソ」
「ヒヨソってなんです?」
「ひよこだよ、パッと見」
 さっきからそればっかりです。
 配達人、タマゴの入った箱を抱えて、
「じゃ、遊園地行きますよね」
 遊園地にひよそがいるそうです。
 遊園地?
 なんで?

 ダムの跡地の遊園地。
 お客がいない時は遊具は動いていなくて静か……
 いやいや、わたしの獣耳が聞こえるんです。
 人の声がしますよ。
 職員さんの声ですね。
「おお、憲史くん、先生も、ポンちゃんも、いらっしゃい」
 作業着姿の職員さん、ニコニコ顔で出てきます。
「ポンちゃんはなんで?」
「わたしは学校で保健の先生と会ったんですよ」
「長崎(保健の)先生と?」
「ですよ、ひよそが見れるって言うから一緒してるんです」
「ああ、ひよそ」
 って、配達人がニコニコ顔で、タマゴの入った箱を持って事務所に向かいます。
 わたし達も続きましょう。
 って、事務所が近付いて来たら「ぴよぴよ」聞こえてきましたよ。
「ねぇ、先生」
「何、ポンちゃん」
「ひよこの鳴き声が聞こえてくるんですけど」
「ぴよぴよ?」
「はい」
「まぁ、見ればわかるわよ」
 事務所に入ったら、大きなダンボールが置かれていました。
 鳥のえさのにおいもしますね。
 そして「ぴよぴよ」。
 わたし、ダンボールを覗き込んでみたら、いました「ひよこ」です。
illustration やまさきこうじ
「うん?」
「ひよこ」は千代ちゃんの家でよく見ました。
 わたしのごはんを横からついばんでいく小鳥です。
「せ、先生、これ、なんです?」
「だから『ひよそ』だってば」
「いや、『ひよこ』でしょ、ヒヨコ」
 って、わたし、先生の白衣を引っ張りまくり。
「色が! 色が!」
 そう、わたしの知っている「ひよこ」は黄色いんです。
 でも、ダンボールの中にいるのは「赤」「青」「黄」に「緑」とか「ピンク」もいます
ね。
「これはなんです?」
「だから『ひよそ』なんだってば」
 って、配達人がタマゴを一つ手にして、
「カラーヒヨコだよ、カラーヒヨコ、知らないかな?」
「カラーヒヨコ!」
「昔は色を塗ってたらしいけど、このタマゴから生まれるのは色着きなんだよ」
「このタマゴ……保健の先生」
 わたし、保健の先生をジト目で見るの。
 保健の先生は悪びれるどころかニコニコで、
「チョチョッと遺伝子いじって作ったのよ」
「それってとんでもない事じゃないんです?」
「いいのよ、このひよそ、ひよこよりずっといいのよ」
 わたし、ダンボールから1羽、青いのを捕まえると、
「青いひよこなだけじゃないですか!」
 青いひよこ、ニワトリになったら青いんでしょうか?
 ちょっとコワイ気もします。
 って、職員さんが関心顔で、
「ああ、そうそう、ポンちゃんの持ってるひよこ……ひよそだけど、一ヶ月モノなんだよ」
「一ヶ月モノがどうしたっていうんですか!」
「一ヶ月経っても「ひよこ」のまま、ってかひよそか」
 さっきから「ひよこ」「ひよそ」頭がグルグルしてきました。
 ともかくこの青いのは「ひよそ」なんですね。
 わたしの手の上でモソモソしている「ひよそ」。
「やっぱり青いだけのヒヨコですよね?」
「だから一ヶ月モノなんだってば」
「えー、一ヶ月でヒヨコだと変なんですか?」
「一ヶ月もしたら大きくなってるんだよ」
「わたし、そこはよくわからない」
 青ひよこ、今度はわたしを見てピヨピヨ鳴き始めました。
 えさでも欲しいんでしょうか?
 って、一緒に青ひよそを見ていた職員さんが、
「そうそう、先生もいるから……このひよそ、すごいんですよ」
「「え?」」
 わたしと先生、はもって言います。
 職員さん、一度別の部屋に行ってから、つり竿を持って戻ってきました。
 わたし、保健の先生、配達人につり竿を渡しながら、
「このひよそ、賢いんですよ」
「「え!」」
 わたし、持っていた青ひよそをダンボールに戻して、つり竿を見ます。
 保健の先生も険しい目でつり竿を見て、
「ちょっと、これで釣れるの? 私が子供の頃やったのとは違うわよ」
「いいから、いいから」
 職員さんに言われるままに、わたしと保健の先生、配達人で「ひよこ釣り」開始です。
 いや、わたしだってこれで釣れるとは全然思えません。
 だって……針はなくて、先に結ばれているのは「スルメ」です。
 この仕掛けは「ザリガニ釣り」のそれなんです。
『スルメで釣れるのかなぁ〜』
 ヒヨコの……ひよその餌はスルメじゃなかったような気がします。
 ヒヨコの餌はニワトリと一緒でゴハン粒とか虫とかミミズ。
 わたし、ともかくつり竿を出してみます。
 カラーひよその中に糸がたれるの。
「Pi!」
 音がして、竿に当たりが。
 わたし、ザリガニ釣りでこの手の、なれてるんです。
 ゆっくり竿を上げると、青ひよそが食いついてるの。
「おお、つれました、食いしん坊さんですね、この青いの」
 って、保健の先生は赤を、配達人はピンクをゲットです。
 釣れたのをダンボールに戻して再開。
「ピピッ!」
 また音がしました。
 って、今度は当たりがないですね。
「Pi!」
 音と同時に竿がピクピク。
『うん? 音がすると釣れるみたいですよ』
 わたしは釣れたひよそを戻しながら、
「職員さん、なにか音、出してません?」
「え! ポンちゃん聞こえるの!」
「音がしたらひよそが食いつきます」
「これで合図してるんだよ」
 職員さん、テレビのリモコンみたいなのを見せてくれるの。
「合図したら食いつくように、訓練したの」
「うわ、ひどい、ダメな時はダメってことじゃないですか!」
「縁日の露店なんてそんなもんだよ」
「職員さん言いますね」
「俺が子供の頃なんか、くじの紐は繋がってなかったもんだよ」
「でもでも、ひよこ釣りって、子供がやってゲットしたヒヨコを持って帰るんですよね」
「だね」
「極悪じゃないですか!」
 保健の先生、リモコンを手にして、
「うわ、よく仕込んだわね、たいしたもんよ」
 保健の先生、釣り糸を垂らして、リモコン押して、竿を上げるとひよそが食いついてい
ます。
 そこでリモコンのボタンを押すと、ひよそ、スルメを放してダンボールの中へ。
 職員さん、ニコニコ顔で、
「じらすだけじらして、最後にオマケであげて、感謝されるわけです」
「うわ、極悪」
「いいの、ひよそあげるんだから」
「そこまではぼったくりですよね」
 って、保健の先生、リモコンのボタンを押します。
「「!!」」
 今度はひよそ、全部うずくまっちゃうの。静かになりました。
「それはスリープモード、『待て』」
「うーわー」
 この男、どこまで芸を仕込んでいるんでしょ?
 わたしがにらんでいると、
「いや、なんかすごいよく覚えてくれるから、面白くなってついつい」
 職員さん、保健の先生からリモコンを受け取るとボタンを押します。
 今度はひよそ、全部倒れました、死んだふり。
「うわ、全部死んじゃいました」
「ポンちゃんわかってるよね、死んだふりだよ」
「わかってるけど、芸達者ですね」
「それ、ポチッとな」
 今度は全部起き上がると「ピィピィ」鳴き始めました。
「この鳴き声で客を誘う」
「やっぱり極悪です」
 って、職員さんと保健の先生、配達人は集ってなにか話を始めました。
 わたし、一人残されてひよそのダンボールを見ながら、
「むう、賢いといいますが、色がついているだけでヒヨコですよね、ひよこ」
 わたし、ダンボールに手を突っ込んで捕まえようとします。
 チョコチョコ逃げて、なかなか捕まりませんよ。
 ターゲットにしたピンクひよそを両手で囲うように、箱の隅に追い込むの。
 捕まえましたよ。
 賢いといっても、所詮小鳥です、ことり。
 わたしの手の中でジタバタするピンクひよそ。
 むう、わたしがタヌキだった頃、よくゴハンを横取りされたもんです。
 人間になった今のわたしにとって、こんなの無力な存在なんですから。
 って、ピンクひよそ、わたしをじっと見つめています。
 その目が、何故か、胸に向けられたような気がしました。
「ピッ」
 短く鳴くと、プイッとそっぽを向いて大人しくなるの。
 今の「ピッ」って、なんだかバカにしているような気がしたの、わたしだけ?
 それも、わたしの胸を見て……気のせい?
「ちょっと、今、わたしをバカにしませんでしたか?」
「ピッ」
 って、刺すような視線を感じます。
 見ればダンボールの中のひよそ、全部がわたしを見上げているの。
 なんででしょう、胸に視線を感じるんですよ。
 そして、みんながみんな、
「ピッ」
 鳴いて、そっぽをむくの。
 なんですか、その態度!
 誰も見ていなかったら、折檻しているところですええ!


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