■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■  ポンと村おこし    第172話「せみしぐれ」             ■
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
 今日もパン屋さんはのんびりした時間が流れているんです。
 青い空に白い雲。
 ゆれるひまわり、鉢植えのあさがお。
 まだ午前中ですが、駐車場の景色がゆれています。
 暑くなりますよ〜
 コンちゃん、定位置でポヤンとしながら、
「客も来んから、店終いするかの」
「ちょっとちょっと、まだオープンしたばっかですよ」
「ほれ、駐車場を見るのじゃ」
「なんですか?」
「暑いのじゃ、蜃気楼じゃ」
「蜃気楼って……暑くてユラユラしてるだけでしょ」
「暑くて客なぞ来んのじゃ」
「むう〜 それはそれで困る〜」
「仕事、やめるのじゃ」
 まぁ、コンちゃんが仕事をしないの、いつもの事だからほっときましょ。
 わたし、テーブルを拭いたり、トレイやトングをみがいたり。
 オープンして1時間くらいは誰も来なかったけど、それからは……
 ポツンポツンとお客さんが来てくれました……
 でもですね……
 わたし、知ってしまったんです!
 お客さんもっと来てくれないと、お店つぶれちゃうんです。
 この間、店長さんとミコちゃんが話しているの、柱の陰で聞いちゃったの。
 って、よく聞いてたわけじゃないけど、店長さんが「お店がピンチ」ってところはしっ
かり聞いたんだから。
 お客さんが来てくれないと、お店、つぶれちゃうかもしれません。
 そしたら、わたし、どーなっちゃうんでしょ?
 また路頭に迷うのはまっぴらです。
 でもでも、何か名案があるか〜というと、それは「ぜんぜん」。
 わたしに出来るのは、店員さんを頑張るくらいですね。
「ポン〜 お茶〜」
 定位置でグダグダしているコンちゃんが呼んでます。
 いいですね、能天気な女キツネは。
「コンちゃん、ちょっとは仕事したら〜?」
「え〜 客なぞおらんのじゃ〜」
「いるじゃないですか」
 店を見れば、お客さん今は一人。
 本を読みながらお茶をしています。
「読書中じゃ、そっとしておくのじゃ」
「まぁ、そうなんですけどね」
「ポン、暑いのじゃ、じっとしておるのじゃ」
「なに言ってるんですか!」
「いいかの、ポンよ」
「?」
「お外を見るのじゃ」
「うん?」
「ゆらゆら、蜃気楼なのじゃ」
「蜃気楼じゃないですよ」
「いいから、あれが見えるという事は、暑いのであろう」
「ですね」
「だから動いては、働いてはいかんのじゃ!」
「は?」
「動くと暑くなるのじゃ、だからじっとしておれ」
 わたし、持って来たお茶をコンちゃんから遠ざけます。
「じゃ、お茶、おあずけ」
「いじわるな事を言うでない」
「だーって、わたしが持ってこないとお茶はここにないはずですよ」
「わらわのために働くのはいいのじゃ」
 ま、いじわるしてもなんですから、お茶をあげましょう。
 麦茶のグラスを押しやると、コンちゃん素早く奪って、
「もうわらわのものなのじゃ」
「はいはい、どーぞどーぞ」
「ポンの持ってきてくれるお茶はウマウマなのじゃ」
「はいはい、よかったですね」
 でもでも、コンちゃんの言うのも本当です。
 わたしも頬杖ついて、気分だらけちゃうの。
「なんだか仕事って気にもなりませんね」
「そうじゃろう、そうじゃろう」
 って、お茶をしているお客さんと目が合っちゃいました。
 マグカップを持ち上げて合図してくるの、おかわりですね。
 わたし、一度奥に引っ込んでから、新しいマグにコーヒー注いで持って行くの。
「はい、おかわり、そっちのマグはいただいていきま〜す」
「ふふ、ポンちゃん、暇そうね」
「お客さん、一人だけだし」
「お邪魔?」
「いえいえ、こう、退屈だから、仕事してたほうが気が紛れるくらいです」
「それならいいんだけど」
 わたし、お客さんをじっと見て……常連さんなんですけど……
「お客さんも、暇なんですよね?」
「うん? どうして?」
「だって、しょっちゅうお店に来て、パン買ってお茶して、本読んで帰ってるだけです」
「そうね」
「それに、村の人じゃないですよね?」
「うん、そうね、バスで来るわ」
「わざわざバスで来て、本読んで帰るなんてよっぽど暇なんですね」
「そう言われると、なんだかすごい暇そうな気がしてきたわ」
 わたし、ついつい言っちゃったけど、よく考えると「ズケズケ」言ってますよね。
 常連さん、ちょっと視線が天井を泳いでから、
「大学卒業したのはいいんだけど、仕事がなくて〜」
「はぁ、その、なんでしょう、お仕事ないと大変?」
「うーん、アルバイトはちょっとしてるのよ」
「アルバイト!」
「コンビニで」
「コンビニ!」
「それ以外はここで本を読んでいたり、近所のファストフードでもお茶したりするわ」
 常連さん、本を閉じて、テーブルに置くと、
「家にいると、お母さんがうるさいの、だからね」
「??」
 わたし、わかりません。
「あのあの、どうしてお母さんうるさいんです?」
「就職してないから」
「アルバイトしてるんですよね?」
「うーん、アルバイトは就職とはちょっと違うのよ」
「働いてるんですよね?」
「まぁ、それは確かにそうなんだけど」
 常連さんはよさそうな人です。
 なんとなくだけど、真面目そうな人?
 でもでも、もしかしたら!
「あのあの!」
「なに? どうしたの? ポンちゃん?」
「もしかしたら、コンビニ店員で!」
「コンビニの店員で?」
 わたし、ぽやんとしているコンちゃんを見ます。
 常連さんも見てるの。
『あのあの!』
『な、なに? 小声で?』
『コンちゃんみたいにぽやんとしてばかりとか!』
 常連さん、改めてコンちゃんを見て、
『私、真面目にやってるわ』
『安心しました』
 でも、やっぱりわかりません。
「ちゃんと店員さんやってるなら、ちゃんと働いてるって事じゃないですか」
「……」
「就職ってなんなんです? 働いてるんじゃないんです?」
「むう、なんて言ったらいいのやら」
「いいですか、アルバイトでぽやんとしていたら」
「ぽやんとしてたら?」
 わたし、コンちゃんを見て、
「あれは働いているとは言いません、ダメな例です」
「プッ!」
「アルバイトでも、あんなだったらダメアルバイトなんです!」
「プププっ!」
 って、ぽやんとしているコンちゃんの髪がヘビみたいにうねってるの。
「おぬしら、わらわの悪口を言っておろう、言っておろう」
 コンちゃん、プイとそっぽを向いて、
「わらわ、気を悪くした、もう働かんのじゃ」
 いつも働いていませんよね、いつも!

 わたしと常連さん、コンちゃんでそんな事を話していると、レッドが帰ってきました。
「ただいまゆえ」
「おかえりなさ〜い、でも、早くないですか?」
 レッドが帰ってくるにはちょっと早い時間です。
 するとレッドはわたしを見上げてモジモジしながら、
「むしをとりたいゆえ」
「むし?」
「むし、ないているむし」
「鳴いている虫?」
 って、常連さん、窓の外を見て、
「セミじゃないの?」
「セミ……」
 わたし、虫はあんまり興味ないんですが、セミくらい知っています。
 あの、木にとまって鳴いている虫ですよ。
 レッド、さらさらとチラシの裏に絵を描きます。
「こんなのゆえ」
 セミの絵、リアルです、すごいですよ、鉛筆だから白黒ですが。
 わたし、その絵をすぐに常連さんに渡したら、常連さん、絵とレッドを交互に、何度も
視線が動きます。
「レッドは絵が上手なんですよ、知らなかったんですか」
「びっくりした、子供なのにすごい」
「まぁ、子供が描くにしてはすごいような気がします」
 常連さん、絵を返してくれたので、ポヤンとしているコンちゃんに、
「ほら、コンちゃん、お店はわたしだけでいいから、レッドといっしょに虫獲りに行って
くださいよ」
「えー、セミかの、つまらん、めんどうなのじゃ」
 って、レッド、わたしの服をつまんで引っ張るの、
「ポン姉〜」
「わたしがお店離れたら、役立たずしか残りません」
「これ、ポン、役立たずとは誰の事かの?」
「だったら役に立ってください」
「むう」
 って、コンちゃんの頭上に裸電球点灯するの。
 そしてすぐさま術が発動します。
 パン屋さんの中に光球が現れ、そして光が静まります。
 ポツンと現れたのはポン吉です。
 竹竿を持ってぼうぜんとしているの。
「お! なんじゃこりゃ!」
「ふふ、わらわが召喚したのじゃ」
「なんだよ、コン姉、オレが好きなのかよ」
「ふふ、大好きなのじゃ、わらわ、わらわの言う事を聞く輩が好きなのじゃ」
「なんだよそれ」
 ポン吉、手入れしている竹竿をユラユラしながら、
「なんだよコン姉、何の用だよ」
 コンちゃん、レッドを引き寄せて、
「レッドと一緒にセミを獲りに行くのじゃ」
「えー、セミー」
「弟分の面倒を見るのが、兄貴ではないかの?」
「むう、そう言われると……」
 って、レッド、ポン吉に飛びついて、
「わーい、ポン吉すきすきー!」
 さて、ポン吉とレッドでセミ獲りに行くみたい。
 わたしは解放され……
 ちょ、すごい嫌なのを見ちゃいました!
 ポン吉が一瞬、「悪い顔」で笑ってたの。
 それもコンちゃんを見て!
 わたし、ゾワゾワ、ゾクゾクします。
「わたしも、ちょっと行ってみようかな」
「あ、ポン姉も来る、じゃ、虫かご持ってな〜」
 ポン吉、もういつもの顔に戻ってるの。
 でもでも、さっき、一瞬、悪い顔になってました。
 嫌な、嫌〜な予感がします。
 なんでしょう、この胸騒ぎ。

 ミコちゃんにOKもらって、わたしはレッド・ポン吉のお供です。
 外はセミの声でいっぱいです。
 木から聞こえてきますけど……どこにいるのかな?
 レッドはしっぽをフリフリ、木を見上げています。
 ポン吉もじっと見上げてますね。
 ふむふむ、ポン吉の視線の先を追いましょう。
 セミ、発見です、3匹います。
 ポン吉、レッドにセミを指差しながら、網を渡すの。
 レッドは獣耳モードに突入しががら、
「とれる? とれる? とれるゆえ?」
「網でバッとやればいいよ」
「わかったゆえ!」
 レッド、何度もうなずいて、網をかまえるの。
「えいっ!」
 3匹めがけて網を振るの。
「ジ!」
「ひえっ!」
「ジジ!」
「うわーん!」
 レッド、セミの鳴き声にびっくりして網を落としちゃいました。
 3匹のセミはおしっこしながら飛んで行っちゃうの。
「にげられたゆえ」
「まぁ、まだたくさんいるし」
 ポン吉はニコニコ顔でレッドに網を手渡すの。
 何度かやっているうちに、レッドも鳴き声になれたみたい。
 1匹つかまえましたよ、小さいセミです。
「セミ、げっとゆえ!」
「はいはい、よかったですね」
「つぎはおおものゆえ」
「これ、小さいですもんね」
 レッド、今度は大きなセミを指差してます。
 ポン吉が、
「あれはこわいぞー」
 レッド、そんな言葉も聞かずに網を振りました。
「えいっ!」
「じょわあわあわあ!」
「「!!」」
 レッドびっくり、わたしもびっくりです。
 すごい鳴き声。
 セミにも強いのがいるようです。
 
 凱旋です。
 結局強いセミもつかまえたの。
 最初はびっくりするくらい大きな鳴き声って思ったけど、慣れてしまえばこっちのもの
なんだから。
 でもでも、レッドの方は最後までビクビクでしたよ。
 結局レッドが捕まえたのは鳴かないセミでした。
 ポン吉の話だと、雌のセミ鳴かないそうです。
「ただいまゆえ!」
「おかえりなのじゃ」
「おかえりなさい」
 お出迎えはコンちゃんに常連さん。
 ウッドデッキでご一緒しているところですよ。
「コンちゃんコンちゃん、どうしたんです?」
「店の中におると、ミコがにらむからじゃ」
「わたしがいない時は店員してください」
「わらわは神ゆえ、そのような事はせんのじゃ」
「ナマケモノ」
「女キツネは気まぐれなのじゃ」
 って、常連さんはレッド、ポン吉とお話しています。
「見せてみせて」
「おおもの、こわいゆえ」
「あ、クマゼミね」
「くろくてつよいゆえ」
「強いの?」
 まず、ポン吉が虫かごに手を突っ込みます。
 あ、ミコちゃんも出てきましたよ。
 常連さん、ミコちゃんでポン吉を覗き込むの。
 ポン吉、捕まえたクマゼミをレッドに渡します。
 レッド、一瞬びびりながらも、ポン吉からクマゼミをもらうの。
「ほら、つおいゆえ」
「セミよ?」
 レッドからクマゼミを受け取った常連さん、眉をひそめます。
「確かに強いわね」
「ゆえゆえ、ちくちくいたいゆえ、かぶときゅー」
「確かにカブトムシくらい力強いかも」
 常連さんからバトンタッチされたミコちゃん。
 セミを手にニコニコ、頷いています。
「ね、つよいゆえ」
「レッド、すごい、よく捕まえた」
「やったゆえ」
 ミコちゃんに頭を撫でられてレッドはニコニコです。
 ゾクっ!
 ゾクゾクッ!
 嫌な、なにか、とんでもない空気感じました。
 わたしの、タヌキの、野良の「カン」が「殺気」を察知したの。
『なにっ?』
 これは、わたしがタヌキだった頃、カラスやネコやイヌに襲われた「殺気」に似ていま
す。
 いや、殺気じゃないです。
 仔タヌキだったわたしは「狩り」の「練習台」、いわば「おもちゃ」。
 ま、まさか、山のパン屋に危機がせまっているとか?
 わたしの「野良のカン」が真っ先に「常連さん」に向けられます。
 いや、違う!
 常連さんはいつも来ています。
 ではでは「危機」は他所から?
『いた!』
 外から、他所からなんかじゃない。
 アサシンはまさに「ポン吉」。
 クマゼミを手に悪魔の顔。
 クマゼミを手に? は?
 あのクマゼミはわたしが捕まえた鳴く方です。
 今は何故か静かにしているけど…
「えいっ!」
 ポン吉、動いた!
 コンちゃんの襟の後ろからセミ投入なの。
「ジュワ!」
「うおっ!」
「ジョワワワワー!」
「ほわわわわ〜」
 コンちゃん、体をくねらせ、飛び跳ね、テーブルをひっくり返し、床を転げ……
 わたし、レッド、常連さんにミコちゃんはびっくり。
 ポン吉はうずくまって大笑い、床をバンバン叩いています。
「うわーん!」
 コンちゃん大泣き。
 服をばさばさやったら、クマゼミも、
「ジュワジュワジュワ!」
 飛んで行っちゃいました。
 クマゼミは鳴き声大きいから、びっくりします、こわいです。
 コンちゃんは「ぺちゃ」って座り込んでいたかと思うと、一瞬鬼の形相でポン吉をにら
むんです。
 髪はヘビみたいにうねったんですが……
「うわーん!」
 大泣きでミコちゃんに抱きつきました、意外!
「こわかったのじゃ、びっくりしたのじゃ! くすん! えーん!」
 って抱きつかれたミコちゃん、とりあえず近くの椅子にコンちゃんを座らせると、ムスっ
とした顔で床ドンしているポン吉の首ねっこつかまえます。
 倒れていた椅子を倒して、まずミコちゃんが「ドン」と座って、その膝にポン吉を置き
ます。
 慣れた手つきでポン吉のお尻、叩くの。
「この悪い子めっ!」
「ひいっ!」
illustration やまさきこうじ
「女の子の服にセミ入れちゃダメでしょ!」
「痛いっ!」
「このイタズラ仔タヌキがっ!」
 ミコちゃんが叩く度にポン吉の足が跳ね上がるの。
 常連さんが、
『ねぇねぇ、ポンちゃん、ミコちゃん怒るとコワイのね』
『昭和スタイルなんですよ、でもでも、ミコちゃん、実はすごいご長寿なんですよ』
『コンちゃんと一緒で神さまなのよね』
『ですね』
 髪をうねらせて怒っていたミコちゃんですが、落ち着いたのか手の動きが止まるの。
 って、痛がっていたポン吉、涙目ですが笑ってます。
 泣いているのに笑顔、変なの。
 ポン吉、ミコちゃんの膝から降りると、お尻をさすりながら、
「ミコ姉、あんまりだぜ」
「こんなグータラキツネでも女の子でしょ」
 ポン吉・ミコちゃんの会話。
 二人の視線がうずくまって泣いているコンちゃんに向けられるの。
 ポン吉、スゴイ勢いでコンちゃんの腕を握ると
「ほらー!」
 コンちゃんの手が開かれて、中に目薬発覚。
 次の瞬間ミコちゃん「電閃石火」コンちゃんを捕まえ、即「お尻ペンペン」。
「この女キツネ、バカ、死ね、子供相手に何かな!」
「うわーん、セミにびっくりしたのは本当なのじゃ」
「なんで目薬持ってるかなー!」
「うえ」
 もう、ミコちゃんの髪、うねりまくり。
 暗黒オーラを背負い、稲光させながらお尻を叩くミコちゃん。
 見ているレッドもガクブルなの。
 常連さん、でもでもほっこり顔で、
「私も昔、お母さんによく叩かれたわ」
 なんだって。
 でもでもミコちゃんの「お尻ペンペン」すごい痛いと思いますよ〜


pmy172 for web(pmy172.txt/htm/jpg)(pma)
NCP5(2019)
(80L)
(C)2008,2020 KAS/SHK
(C)2020 やまさきこうじ
(HP:やまさきさん家のがらくた箱)
(pixiv:813781)
(twitter:@yamakou0_1019)